誰もが認める元祖美少年、それが本田恭章です。日本の近代美少年史は彼から始まっています。そして彼を超える美少年は未だに現れてません。いや、異論のある方もおられるでしょうが、まったくそのとおりだという方はそれ以上にいらっしゃいます(よね?)。
80年代初頭、「8ビートギャグ」などを読みながらデヴィット・シルビアンだジョン・テイラーだのと遠く海の向こうに思いを馳せていた少女達の前に、まさに彗星のごとく現れたのが彼でした。ジャパンの来日公演の会場でスカウトされた(確かジャパンのメンバーに似た子を探してたんじゃなかったかと思います)という伝説と共に突如現れた美少年。当時そのハートを鷲掴みにされたまま、いまだに掴まれっぱなしのお姉さま方も多いことでしょう。わかります、その気持ち。彼を見たとき自分も少女だったら素直にキャーキャー言えるのになあ、と真剣に思ったものです。
いやあ、それにしてもカッコイイですね。今現在も彼の写真をチラチラ見たりしながらこの文章を書いているんですが(本当)、いくら眺めていても全く飽きません(これも本当)。目、鼻、口、眉、顔の輪郭、全体のバランス、すべてが限りなくパーフェクトに近いです。そして全体的な印象として受ける線の適度な細さ。この適度さが重要であまり線が細すぎて女っぽくなってはいけませんし、逆に太すぎて男っぽくなりすぎてもいけません。あくまで「男の子」でなくてはいけないのです(ちなみにこの「男の子」であることに実はあまり年齢は関係無かったりするのですがそのへんについてはまたの機会に)。
そして彼をただの美少年にしておかなかったもう一つの要因がロッカーとして売り出したことです。ただ単に顔のキレイな少年が突っ立ってるだけではここまで僕のハートは掴めません。美少年の真の価値は「美少年であること」よりも、むしろ「美少年として何をしたか」にあると僕は考えています。自分が美少年であることを自覚し(これが重要)、その上で美少年としてどれだけ普通の少年にはできないことができるかを考え、行動する。つまり美少年以外の人達の夢を具現化する。そこに美少年の本当の価値があるのです。彼はそのことを理解し、凡百のアイドルになったりせずにより美しくあるためロックミュージシャンとしての道を選んだのです。いや、実際には彼はただ単にロックが好きだったんだと思いますが(笑)。ちょっとデビュー当時の詳しい状況などはわかりませんが、アイドルにされてしまう可能性もあったと思うのにそうならなかったことは非常に幸運だったと言えるでしょう(商業的には不幸だったのかもしれませんが)。
このように美少年の全ての条件(あくまで僕の考える)を満たした本田恭章。彼を超える美少年が現れないのも当然です。なぜなら彼が現れた時点で彼自身が美少年の基準となってしまったのですから。これ以降美少年を語るときに彼を基準にして語るようになってしまった、すなわち美少年の基本形。えっ?大げさ?いえ、そんなことはありません!
彼はその後本格的にロッカーになってTOYSというバンドも組んだりして、この頃になると僕は「もうすっかり男っぽくなってしまったなあ」などと思ってしまって、その後は彼のことはたまに思い浮かべたりするだけだったんですが(してたのか)、この文章を書くに当たってちょっと調べてみたら「人造人間ハカイダ−」(1995)に出てたんですね。早速ビデオ借りて見てみたら、いやあまだまだ美しいじゃないですか。なんか街を支配する悪い博士の役なんですが、白ずくめのニューロマンティックな格好をなさってましてそれがまた似合う!最後のハカイダーに殺されるところなんかすごく色っぽいっすよ。
彼は現在もソロで音楽活動をしていて(メジャーとは契約してないらしい)公式HPなんかもあるようです。実は音楽のほうはちゃんと真剣に聞いたことはないのですが(TOYSとかはちょっと聴いたけど)、あの顔でステージに立ったところでもうすでに音楽は80パーセント完成していると言っていいでしょう。ギターウルフも「ロックは見た目だ」と言っています。つまり本田恭章は生まれながらにしてすでにロッカーだったのです。